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ここから始まる東北の旅

弘前

見どころいろいろ

古都弘前

津軽鉄道で冬を楽しむ

りんごの故郷、弘前の里山

“動く城”を目撃するチャンス!技や味にも文化の香り

記事で紹介した観光情報

弘前城を後世に伝えるため大修理工事がはじまった

弘前は江戸時代の藩名がまちの名前になったことが示すように津軽地方の中心であり、豊かな歴史と文化を誇る古都である。弘前城を中心に寺社や武家屋敷、古い商家などが現存し、あちこちで歴史の息吹が感じられる。また長く育まれてきた伝統工芸に触れ、ここならではの美味しさも満喫できるのだ。

弘前城

弘前城は東日本で唯一、江戸時代の天守が往時のまま現存する城である。現在の地に築城されるのは、慶長8(1603)年の藩祖・津軽為信によるが、翌年の藩祖の客死、その後に完成した天守の落雷による焼失、武家諸法度による建築制限などで現在の偉容を持つまでには、築城開始から200年以上の年月を要した。また明治の中頃には石垣の崩壊にも見舞われた。この明治の石垣崩壊の時、天守を西側に曳屋し、天守の現存保持を果たした経緯がある。それから約120年ぶりに、弘前城の天守は再び曳屋により一時移設され、故障が見られる石垣の修理を行っている。天守が再び石垣の上に乗るのは2021年。工事着手からは約15年かかるが、それは苦難を経て完成した城を未来へ受け継ぐために必要な手入れのためであり、先人の恩に報いるための時間であると言える。言い換えれば、城がそのまま動く機会に立ち合えることは滅多になく、目撃する私たちは歴史の証人になれるチャンスなのだ。

こぎん刺し

青森県津軽に伝わる刺し子細工こぎん刺し

そもそも刺し子は補強と保温のため布地に刺繍したのが始まり。いつしか幾何学模様などをあしらうようになり各地で発展した。津軽では野良着を「こぎん」と呼ぶことからこの名がついたとか。津軽の女性たちによって生み出された模様は600以上。昭和の初め、柳宗悦らの民藝運動で評価され脚光を浴びた。そして現在、ナチュラルなライフスタイルを求める女性たちのブームになっているという。野良着のための機能は今風にアレンジされ、新しい魅力を持ち始めた。

ねぷたまつり

青森のねぶたが“動”なら、弘前のねぷたは“静”。起源は同じでも両者の特徴は異なる。青森のねぶた山車は歌舞伎や伝説に題材を求めリアルな造形だが、弘前のねぷた山車は扇形が主体。表には三国志などの勇壮な鏡絵が描かれ、見送り絵と呼ばれる裏面には美人画や水墨画が描かれる。どことなく城下町らしい上品さが感じられる。

ねぷたまつりは毎年8月1日〜7日に開催

ところで青森のねぶたでは「らっせらー」が掛け声だが、弘前では「やーやどー」となる。これは戦の掛け声が起源になっているとされ、青森では凱旋の勝どきがベースで、弘前のは出陣の気合が転訛したものだという伝えもある。

津軽りんご

弘前市はりんごの生産量日本一!もはや単なる農産物ではなく、この土地の文化を象徴する存在でもある。日本国内に限らず世界でもおなじみの弘前りんごだが、ここでなら春に咲く真っ白な花、秋には採れたてのみずみずしい美味しさが楽しめる。

1日1個のリンゴで医者いらず

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ねぷたまつり

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